TOMMYの取材日記

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zoom RSS おいらの青春そのもの逝く

<<   作成日時 : 2011/12/21 20:47   >>

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上田馬之助さんが亡くなった。

晩飯時、いろんなプロレス団体を呼んだ際にはお世話になってた
プロレスファンのMちゃんから電話をもらった。
「上田さんが亡くなったそうです」

当ブログで毎度のセリフは「おいらの青春は上田馬之助」。
プロレスというショービジネスを通して、人との接し方、モノの見方を学んだ。
訃報に接し、初めて会った時から最後のことまで走馬燈のように浮かぶ。

「相撲取りじゃあないんだから、誰かにごちそうになったら、ごっつぁんです、じゃなく、ごちそうさまと言いなさい」
「異種格闘技。テニスプレーヤーと卓球の選手が戦っておもしろいかね? 似たようなものとはいえ、ルールが違えば難しいんだよ」
「飲み屋で会ってもあの人から逃げまくっているらしいけど、逃げるんじゃなく胸に飛び込んでみなさいよ」
「(アリvs猪木が行われている時に電車の中で)セメント」
私生活からプロレスそのもののことまで、上ちゃんの話したことはすべて頭と心の中に録音されている。

「プロレス低迷の原因分かる?」と題したブログは、
今でも検索に引っかかるのだろう、少なからず読んでくれている。
あれが上ちゃんと最後に(ケータイで)話したものになろうとは。
http://tommys.at.webry.info/200902/article_10.html

高校時代にすでに、「この人の書くとおりにプロレス界は動いているんですよ」と、
だれかにおいらを紹介する際に言ってくれてた言葉はうれしかった。

猪木を日本プロレスから追い出した件で、上ちゃんが悪者にされた。
門茂男さんがスポーツ紙コラムで
「上田の濡れ衣を晴らそうと躍起なのはT大2年のMくん」とおいらを書いた。
これが、日本一の上田ファンの証と自負するものだが、
「日本プロレス史に残る大事件」は近いうちにお会いして改めて聞きたいものではあった。
もはや検証はできず、真実は闇の中に眠ってしまった。

以降、ここでは書けないことも様々あった。
上ちゃんとの「古い付き合い」が、ほかのプロレス選手の信用が得られプロモーションもできたし、
上ちゃんから学んだ(昭和の)プロレス流の「世渡り」を今現在も続けている。

画像
   上ちゃんが活躍した80年代はプロレス選手はウエスタンルックが流行。上ちゃんからもらったバックル

西濃運輸のトラックに追突されて以来、見舞う機会を失ったままきてしまった。おいらの人生もターニングポイントだった。
今回、24日の葬儀にもどうしても行けないのが無念。

先ほど、上ちゃんのケータイに電話すると奥さんが出て、
「分かってますよ。すべて伝えますからね」と。

年末か年明け、おいらの「物事の見方、考え方を教わった」師匠の仏前に行こうと思う。
上ちゃん、長い間本当にありがとうございました。
ご冥福をお祈りします。
合掌

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